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日本福音ルーテル東京教会
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説教・説教集

今週の説教 きずな 説教集

きずな

きずな

*** バックナンバー ***
2006年10月号〜2007年9月号

最新のきずなはこちらです

※「きずな」は東京教会の広報誌です。詳しい内容をお知りになりたい方は、
電話メールなどで教会までお問合わせください。

◇きずな 2007年9月号 故郷は遠くにありて思うもの?
出会いと出会いを繋いで
◇きずな 2007年8月号 アジアンサンデー
裸でキリスト教を
◇きずな 2007年7月号 るうてる法人会連合
我らを試みに合わせず悪から救い出したまえ
◇きずな 2007年5月号 日本国憲法第9条の前提
東京教会がもし10人の村だったら
◇きずな 2007年4月号 神の挨拶 −イースターの朝に−
神学生寮建設の意義
◇きずな 2007年2月号 牧師の人事
聖書通読ラリー
◇きずな 2007年1月号 神様のための人の命
男祭り2006
◇きずな 2006年12月号 ベツレヘムの夜のように
クリスマスメッセージ
◇きずな 2006年11月号 文化とは何か
悪魔にささやかれて−加賀乙彦著『悪魔のささやき』から−
◇きずな 2006年10月号 100人目の奇跡
衣食足って傲慢になる

 


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きずな  2007年9月号

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故郷は遠くにありて思うもの?

山之内正俊

 熊本での「るうてる法人会連合」総会に出席したのを機会に、故郷の人吉へ帰り一泊してきました。
 3年前に母が亡くなった後、何となく、故郷へ帰る機会が遠のいていったような気がしていました。久しぶりの帰郷という気がしました。
 八代から球磨川沿いに列車は上って行きます。車窓から、球磨川や周りの山々を眺めながら、これが我が故郷なのだ、という思いがひしひしとして来ました。
 しかし、残念ながら、球磨川は昔の球磨川ではありません。昔は、清流そのままで、橋の上から、鮎などの魚影が見えていましたが、今は、清流とは程遠く、枯れかかった草のように濁っています。上流に工場でもできて、その排水が流れ込んでいるのでしょうか。こんな田舎にも、近代化の波が押し寄せて来ているということなのでしょうか。故郷の自慢の一つが消えていくようで、とても寂しい思いが致します。
 母のいない家は、弟が跡を継いでいますが、やはり、今までのわが家とは違い、何だか、よその家を訪ねたような気持ちです。それも、弟が家を造り変えた後ですから、仕方がないといえば仕方のないことですが。
 故郷を出てから、四十数年、何時までも、自分が住んでいたころの故郷の姿を追い求めるのは無理かも知れません。故郷も、時代と共に発展して行かなければなりません。その意味では、変わっていく故郷を受け入れなければなりません。変わって行くことを喜ばなければなりません。頭では、そう思っていても、故郷に求めるものはどうしても昔の姿です。昔泳いだ川、昔ぐみや山ももを採った山のままであって欲しいのです。
 故郷が、時代に取り残されないようにと思いながらも、昔のままの故郷の姿であって欲しいと思うこの矛盾は、どう解決できるのでしょうか。
 やはり、「故郷は遠くにありて思うもの」でしかないのでしょうか。
 今年は、柿の当たり年のようで、庭の柿は、たわわに実っていました。


出会いと出会いを繋いで

関野 和寛

 数ヶ月に一度家族に会うが、その時一番嬉しい瞬間がある。それはダウン症を持っている妹が頬をすり寄せてきて「お兄ちゃん、ありがとう!」と言ってくれることである。27歳の兄が22歳の妹に頬をすり寄せられて喜んでいるのは端から見たらおかしい。でもそこでわたしは小さなキリストを感じるのだ。
 知恵遅れの妹が頬をすり寄せ「ありがとう」と語る。その「ありがとう」は一体何に対するありがとうなのか。それは兄であるわたししか決して分からない。それはわたしが教会で牧師として働いている事への感謝の言葉なのである。わたしは彼女の病がなければ信仰を深めることも牧師になることも決して無かった。世的な知恵が遅れていても、彼女は誰よりも神の御心を知っていてそれをいつもわたしに届けてくれる。
 身内の話をさせていただいたのは、家族への伝道の大切さを伝えたかったからである。「伝道、伝道」と教会では口にするがその特異な響きと意味合いのゆえに、その伝道を心がけて日常で行なうことがどこか恥ずかしかったり億劫であったり、はたまた無関心であったり。
 伝道とはいかにするのか、その意味合いは何か。自ずと頭で考えてしまう。それがまた家族への伝道だとさらに難しくなってくる。けれども伝道とは出会いを繋ぐことである。
 新約聖書の中ではじめに家族伝道をした者は使徒アンデレである(ヨハネ福音書1章)。ある日、漁をしていたアンデレは主イエスに出会う。彼は救い主と出会った喜びのあまり「わたしはメシアに出会った!」と語りすぐさま兄のシモン・ペトロを主イエスの所に連れて行くのである。先に救い主に出会った弟が、その出会いの感動を兄へと繋いでいくのである。聖書の中では兄より弟(小さい者)の方が優先される事もまた興味深い。
 弟アンデレが兄ペトロを主イエスのもとへ連れて行かなかったのであれば、「あなたをケファ(岩)と呼ぶことにする」とも言われなかったのである。ペトロがここでケファと名付けられた瞬間にこそ、ケファとメシア、神と人との出会いがある。そして神と人との出会いこそがその人の本当の価値を引き出す。
 わたしも妹が居なかったのであれば、また妹の病が無ければ信仰を深めることも牧師になることもなかった。彼女がわたしを主イエスのもとへ連れて行ってくれたと信じている。
 わたしたちの東京教会は、家族への伝道ができる教会であると思う。その方法はいかに。弟アンデレは主イエスと出会った感動の声をあげて、兄を連れて行っただけである。きっとアンデレのその声その表情、全てから命が溢れ出ていたのである。そしてペトロはそれを感じ取ったのだ。
 礼拝はわたしたちと神との出会いの場である。それを守り、そこに満たされたならば、わたしたちの声と祈りは必ず家族や隣人に届く。8月のアジアンサンデーに続いて9月30日(日)は古楽・女声合唱のグループCORNIXを招いて音楽伝道礼拝『中世の風』を守る。是非礼拝に家族を招く時としたい。出会いと出会いを繋ぎ、大きな喜びを味わおう。

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きずな  2007年8月号

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アジアンサンデー

関野 和寛

 キリスト教はアジアの現象である。キリスト教イコール西欧のものと誰もが思っているが、そうではない。キリスト教文化は西欧で育まれたという事はできる。だがイエス・キリストがお生まれになったのはパレスチナであり、アジアである。またわたしたちが礼拝で告白しているニケア信条を採択したニカイア公会議をはじめ、以降の公会議の参加者の大多数は東方教会からの参加者であり西方教会からの参加者はほんの数名であったのだ。つまりキリスト教は西欧だけの産物ではないのである。
 わたしたちは日本人であること、またキリストがお生まれになったアジア人であることを誇りに思いたい。そんな中アジアはタイで宣教活動をしている杉岡直樹牧師が8月19日(日)にこの東京教会に来て、タイ宣教報告と説教をしてくださる。実はわたしも1度過、タイへ杉岡先生の働きを見に行かせていただいた。
 タイは仏教国でありキリスト教人口は0.5%に満たない。その中で信仰を持つのも伝道をするのも時に命がけである。「信仰を持ち出したら村八分にされた」「石を投げられた」そのような声も沢山聞いた。それでもタイの人々が必死に信仰を持つ理由は、そこに救いがあるからである。それも抽象的な救いではなく、貧しい生活からの救いと神を求める魂の救いがあるからであろう。小さなスクーターに親子3人で乗り50キロ以上も離れた教会に出かける家族もあった。この姿を見たとき、「自分にはこれほどの信仰があるだろうか、安定した生活の中で本当の救いを求めているのだろうか」と自問しないではいられなかった。
 貧しさの中にいるからこそ、絶対的な神の力を求める。語るほうも聞くほも命がけであろう。タイの教会の人々の眼は驚くほど輝いていた。日本の教会が失っている情熱をわたしは見せられた思いであった。


裸でキリスト教を

山之内正俊

いのちが一番大切だと
思っていたころ
生きるのが苦しかった
いのちより大切なものが
あると知った日
生きているのが
嬉しかった    (星野富弘)

 牧師になって初めて赴任した教会で、長いこと礼拝に出席していない会員を訪問して聖餐式を行ったとき、その会員から言われました。
 「先生、私はチョコレートが欲しくて教会に行ったのです」と。そのとき、私はこの人が何を言いたかったのか分かりませんでしたが、三年ぐらい経ってからでしょうか、その意味が分かったのは。
 その人は、こう言いたかったのです。
 「先生、私はチョコレートが欲しくて教会に行ったのであって、信仰を求めて行ったのではないんです。ですから、私には聖餐式は必要ないんです。もう来なくてもいいですよ」と。
 その人は、戦後のキリスト教ブームといわれた時期に洗礼を受けた人でした。このキリスト教ブームの本当の姿は、宣教師ブームで、そのときの宣教師の国の文化ブームに過ぎなかったのです。
 信仰は、何らかの文化をまとうことなしには伝えられないのかも知れません。そして、その文化の落差が、宣教の力になる訳です。チョコレートもその文化の一つだったのでしょう。信仰を文化という衣をまとわせて伝えようとするとき、二つの問題が生じます。一つは、その文化だけが受け入れられ、肝心の信仰が受け入れられないままに終わるということです。宣教師信者という言葉がありますが、宣教師がいる間は教会に連なるが、その宣教師が国に帰ったりしていなくなると、その人も教会から去ってしまう信者のことです。信仰ではなく文化によって繋がっていたに過ぎないということです。教会に別帳会員という仕分けがあり、総会員の約半数を占めていますが、この事実こそ、受け入れられたのは信仰ではなく文化に過ぎなかったということの現われではないでしょうか。
 もう一つは、被宣教地の文化が発達し、文化の落差が無くなったとき、最早、宣教の手段が無くなるということです。今の日本の伝道の不振は、このことを示しているのではないでしょうか。
 日本にプロテスタントが宣教を開始して一世紀。これまでは、その宣教師の国の文化が日本の文化を凌駕し、その文化の落差が日本人に大いに魅力的でした。キリスト教はその文化に包まれて日本に伝えられました。多くの日本人がその文化の魅力にとらえられ、その文化を自分のものにするために、キリスト教を受け入れました。しかし、今や、その文化の落差はありません。キリスト教は、今や、文化を身にまとうことなく、日本でその存在意義を発揮しなければならなくなりました。今その方法を見い出せず、模索しているのが、日本でのキリスト教の姿なのではないでしょうか。
 あの星野富弘さんの詩にある「いのちより大切なもの」とは何でしょうか。それは、神様の愛です。人は、神様の愛の相手として造られたという事実です。キリスト教の目的は、全ての人をこの事実に与らせることです。
 この世は、「いのちが一番大切だ」という神様抜きの価値観の中で苦しんでいます。今こそ、文化という衣抜きで、裸でキリスト教が勝負する時です。

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きずな  2007年7月号

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るうてる法人会連合

山之内正俊

 皆さんは、るうてる法人会連合という会があるのをご存知でしょうか。これは、我が日本福音ルーテル教会が設立母体となった学校法人や社会福祉法人と教会との連合です。これが結成されたのは、教会によって設立されたものではあるが、それぞれ法人として独立していった施設と教会との間の意思の疎通に支障が起き、これらの施設において、教会の業が実現しにくい状況が近年強くなって来たからです。
 そもそも、アメリカのルーテル教会によって日本での宣教が開始されたころ、日本には宗教法人という法人制度がありませんでしたので、日本福音ルーテル社団という社団法人によって教会の活動が始められました。この社団法人によって教会活動が始められたということは、ある意味では、教会活動にとって幸いでした。教会活動を広く捉え、宗教活動だけでなく、教育活動も福祉活動も、社団法人によって教会の活動として行うことができたからです。
 それが、戦後、国の方針によって、教会活動を行う組織は宗教法人とされ、教育活動を行う組織は学校法人として、福祉活動を行う組織は社会福祉法人としてそれぞれ独立を迫られました。そのような中で、今や、教会活動の中の宗教活動だけが宗教法人日本福音ルーテル教会の活動内容であるかのように、思われるようになって来たのです。
 教会活動を宗教、教育、福祉と分断したのは国です。教会はこの世に存在する組織として、当然、国の定めた法律に従って行動しなければなりません。しかし、その活動の精神まで国に支配されてはいけません。教会としての活動の一部を、学校法人や社会福祉法人という名の法人になって担うにしても、それはあくまでも教会の業、キリストの業です。
 今、イエス・キリストはこの世に何をなさるか、それを三つの法人が一つとなって、力を合わせて担って行こうとするのが、るうてる法人会連合の目指すところです。


我らを試みに合わせず悪から救い出したまえ

関野 和寛

 わたしたしが毎週礼拝で祈っている主の祈りに、「我らを試みに合わせず悪から救い出したまえ」という句がある。皆はどのような想いでこの句を祈っているであろうか。そしてなぜイエスは「悪から救い出したまえ」と祈れと教えたのであろうか。
 答えはただひとつ、それは神を信じるものが必ずと言ってよいほど悪の攻撃を受けるからである。牧師は得に霊的な戦いの最前線に立たされる。人と接する時、祈りの中にいる時、独りで過ごしている時悪魔は容赦なくわたしに揺さぶりを掛けてくるのだ。この悪魔の攻撃を直感で感じる人もいればまた嗅覚で感じる人もいる。
 少し前わたしはある方に、「関野牧師が去った後、悪臭を感じた」と言われたことがあった。特にわたしがおならをしたのでも体臭がきつかったのでもない。その方は祈りを妨害しに来る悪の力、匂いを感じ取ったのである。
 ルーテル教会では何故か悪魔についてあまり話題にしてはいけないような風潮があり、また話題になったとしてもそれは神学的議論の枠組みの中だけで信仰生活から切り離されてしまっている。だがルターは悪魔の存在を日々ありありと感じていたのである。「サタン(悪魔)がキリストの敵であることは驚くにあたらない。両者の間には古来から憎悪と敵意があったからで、その様は多様である。「サタンはキリストを百マイル離れていても嗅ぎつける。サタンはコンスタンティノープルにいても、ここヴィッテンベルクでわたしたちが彼の国に対して教えたり、述べたり、説教をしているのを聞くのである」とルターは言っている(ルター『卓上語録』)。
 ルターの言葉からも分かるように、悪魔が一番嫌がることは人々が神と共に喜んで歩むことである。悪魔は巧みな方法でわたしたちを躓かせようといつも機会を窺っているのだ。そして心の隙間に入り込みその人を誘惑し、しまいには絶望させるのである。
 イエスが十字架に架かると聞いた時、ペトロは「とんでもないことです!そんなことがあってはならない!」といさめた。イエスはペトロに「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている」(マタイ16:23)と叱りつけた。
 イエスとペテロ、こんなに近く親しい間に悪魔は入り込んだのである。いやこの信頼関係だからこそ悪魔は壊したかったのである。神とわたしたちの関係をそして人と人、自分と自分の関係を悪魔は壊そうと狙っているのだ。わたしたちの毎日は悪(世)との戦いである。だからわたしたちはこの悪を打ち砕く十字架に救いを見出すのである。そして主の祈りの中には救いがある。「我らを試みに合わせず悪から救い出したまえ、国と力と栄とは限りなく汝のものなればなり。アーメン」

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きずな  2007年5月号

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日本国憲法第9条の前提

山之内正俊

 現在の日本国憲法が施行されてから今月3日で満60年になります。今、この憲法の改正が政治の課題となり、注目を集めています。60年もの間、一国の憲法が何の手も加えられることなく施行され続けているということはとても珍しいことのようです。私は、この憲法には、永久に変えてはならないものがあるように思います。
 日本国憲法の絶対に変えてはならないもの、それは、第9条です。これは、日本が初めて味わった敗戦の悲惨さの中で、それも、世界で唯一、原爆の被爆という経験の中で、戦争の無意味さを知ったものとしての決断の現われです。国際紛争を武力によって解決しようとすることは、人間の在り方に反するという認識に立った決断です。
 人類はこれまで相手を疑うという姿勢で向かい合っていました。個人と個人であれ国家と国家であれ、相手を疑い、相手が攻撃することを仮定してそれに備えることによって自己の存在を確保する。それが、これまでの人類のあり方でした。ここからは、当然のこととして、相手よりも強い力を持つことによる自己の安全保障という考え方が生まれ、それによって軍備の拡張競争が起こります。そして、原子爆弾にまでエスカレートしてしまったのです。
 このような武力依存の思想は、平和を志向する思想ではなく、単なる自己保存の思想に過ぎません。平和を志向するには、この武力依存の根源を改めなければなりません。その根源とは、人類が相 手を疑うという姿勢で向かい合うことです。これを改めなければなりません。
単に自己の保存を図るのではなく、平和を志向するということは、相手を信頼するということから始めなければなりません。相手を信頼し、積極的に友好、交流を図ることです。日本国憲法第9条は、そのことを前提に生まれたのです。
 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」、「前文」の一部です。


東京教会がもし10人の村だったら

関野 和寛

 もし東京教会が10人の村だったら、ひとりは牧師、さんにんはずっと教会に通っているひと、ひとりは最近洗礼を受けたひと。ひとりは恵泉幼稚園を卒園したひとで、ひとりは教会に何回か来たことのあるひと。ひとりは中学生で、もうひとりはアメリカのひと。そしてさいごのひとりは今度洗礼を受けるひと。
 東京教会がもし10人の村だったら、礼拝に参加しているひとの割合はこのようであるかもしれない。実はこの10人、先日秩父にて1泊2日で行なわれたプリンスアカデミー・青年会の修養会に参加した10人の紹介である。1年間かけて少しずつみんなで頑張ってきたプリンスアカデミー・青年会のひとつの成果が出たように感じる。
 毎週水曜日、プリンスアカデミー(聖書研究)で学び続け、日曜日の礼拝の後も何度もみんなで鍋を囲んだりもしてきた。きっと青年たちの目には時に頼りない牧師に映ったことが何度もあったはずだ。わたしも何度か辛い経験をした。
 でも神さまは必死に祈り求めるひとにはいつも答えをくれる。神さまは青年会に素晴らしい会長、副会長、会計を与えてくださった。そして何よりも青年たちがいつも応援してくれた。また今年の総会で青年会が正式に発足してから今日まで、教会員の皆がいつも暖かい応援をくださっている。
 ところで先日、壮年会が山之内関野両牧師(MK牧師)を囲む会を開いて下さった。各々の東京教会への想いを聞く中で「昔の青年会からずっと教会に繋がっている」という声を沢山聞かせていただいた。「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに」(コヘレト12章1節)、苦しみの日々は誰にでも必ずある。だがそれを乗り越える力を神さまは必ず、必ずくださる。
 青年修養会では「東京教会の為にわたしたちに何ができるか」という事を皆で真剣に話し合った。その実はすでに結び始めている。もし東京教会が10人の村だったら11人目を探しに行く。10人の村は昔村に住んでいたひとを、村の外にいるひとを、神さまが必要としている全てのひとに仕えて行く。そのような青年会そして東京教会でありたい。

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きずな 2007年4月号

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神の挨拶 −イースターの朝に−

関野 和寛

 「おはよう!」こころから大きな声で挨拶をすると1日が気持ちよくスタートできる。当たり前のことだが、最近この普通の挨拶さえできない時が沢山ある。
 わたしは今住んでいる牧師館に引っ越してきてこの4月で丁度1年になるが、未だにお会いしたことのないご近所の人が沢山いる。引越ししてきたその日のうちに向こう三軒両隣に御挨拶に行ったのだが、それでも合えなかった人が沢山いる。最近は色々な事情で人と人とが顔を合わせて挨拶をすることが少なくなってきている。
 また若者はしらけ世代が続いているのか、目を見てものが言えない人がとっても増えた気がする。都会の事情、若者の事情、色々事情がある・・・。それはそうであろう。だがそれは言い訳にしか過ぎない。実はイースターの奇跡、「おはよう!」の挨拶からはじまっている。イエスさまが十字架の死からよみがえって最初にされたことは「おはよう!」の挨拶であった。それもただの「おはよう」ではない。イエスさまが亡くなられた悲しみ、そして遺体が取り去られたという不安の中にいた人へ向けて語られた「おはよう!」なのである。
 人の悲しみや不安のその一歩先に立ち、「おはよう!」とイエスさまは言ってくださったのだ。まさに死という暗闇に差し込んだ朝日のような一言である。
 人間的に考えるのであれば、十字架の死からよみがえったイエスさまのこころは複雑だったはずである。弟子たちに見捨てられたしまった悔しさ、またひとりで十字架を痛みぬいた孤独感があられたであろう。だが、人に事情があるならば、神にもまた事情ありだ。
悲しみや不安の中にある人のこころを照らし祝福する、それが神さまの事情である。イエスさまの挨拶は人の思いをはるかに越えた「おはよう!」であった。御自分のいのちを捧げた十字架、そして死を乗り越えた「おはよう!」。
 最高の挨拶だ。皆に言って回りたい、愛が満ち溢れた「おはよう!」を。皆さん「おはよう!」そして「イエスさまの復活おめでとう!」。


神学生寮建設の意義

山之内正俊

 今、私たちの神学校で寮の建設が進められています。今まで、神学校に寮がなかった訳ではありません。ご存知のように、私たちの神学校は一般大学であるルーテル学院大学と同じキャンパスの中で同じ校舎を用いて営まれています。そして、寮も一般の学生と一緒なのです。この寮は、ただ生活をするだけのアパートとしては問題はないのですが、神学生にとっての寮は、単なるアパートでは不十分なのです。そこには、一日のプログラムが必要なのです。
 牧師の養成には二つの面が必要です。一つはいわゆる神学の研鑽と実習です。教室で教師の講義を聞き、級友と議論をしてその知識を深めます。そして、教会と言う現実の信仰の場で、その知識に基づいて宣教の実際的活動を行います。その活動をまた教室で吟味して、自分の神学を振り返り、自分の行う宣教活動をより神学的に確かなものとします。この繰り返しによって、神学生は自分が取り組む宣教活動を神学的に深めて行く訳です。でもこれだけで神学生が牧師に育つ訳ではありません。牧師養成にとって必要なもう一つの面とは、召命観の深化です。
 ひとが、牧師として生きて行くことを決意するとき、それは、神様からの呼掛けに対する応答としてなされます。この、牧師として神様から呼び出されたことへ応答することを召命と言います。牧師は、誰でも自分自身の召命観をもって牧師として生きています。そして、神学生も、この召命観をもって、牧師としての歩みを歩んでいる訳です。
 牧師や神学生は、それぞれに、いろいろなことを通して、牧師の道へと導かれた者です。最初、それが本当に神様からの召命なのかどうか、迷い悩むことから、神学生としてのスタートが切られます。そして、神様からの召しだと信じて牧師になる決意をし、神学校へ入学します。しかし、そのときの召命観では、牧師と一生を貫くには充分ではありません。いや、神学生として全うするにも充分ではありません。何人の人が、途中で牧師になることをあきらめて神学校を去ったことでしょうか。問題は、召命観の深化にあります。牧師になるんだという強い決意のもとに神学校に入学したつもりでも、そのときの召命観ではまだまだ不十分なのです。その不十分な召命観を一生牧師として貫く召命観に深めるのが、牧師養成のもう一つの必要な面なのです。そして、それは、教室での神学の研鑽によってではなく、他の神学生との共同の生活の中でなされることなのです。
 私も36年前に神学校に入学しました。牧師になろうかと思い始めてから四年経ってやっと決心がついた私でしたが、入学後、決して順調ではありませんでした。幾度も牧師になるのを止めようと思いました。牧師になるのは止めなくても、日本福音ルーテル教会の牧師にはなりたくないと思ったことも幾度かありました。しかし、その度に思い止まらせてくれたのは、同じ牧師の道を歩んでいる友人たちの説得と祈りでした。この共に同じ牧師への道を歩んでいる友との交わりなくしては今日の牧師としての私はありませんでした。
 神学生には、召命観の深まりが大事です。それが起こるのは、同じ牧師としての道を歩む友との交わりを通してです。その交わりは、一日のプログラムの整った寮においてです。神学生寮の建設のために、ご理解とご支援をお願い致します。

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きずな  2007年2月号

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牧師の人事

山之内正俊

 今、教会も人事のシーズンです。総会議長、事務局長、各教区長を主なメンバーとする人事委員会で、牧師の人事について慎重な協議がなされています。私もその委員の一人として、今、頭を悩ませているところです。
 わが日本福音ルーテル教会は、トップを総会議長と呼んでいることからも分かりますように、会議制の教会です。全ての事項の決定は、会議での合意によります。牧師の人事もしかり。教会行政の責任を担う常議員会と牧師を迎える教会と牧師自身との三者の合意がなければ牧師の人事は決まりません。まず、教会からの招聘がなされその招聘に牧師が応諾をするとき、その人事を常議員会が承認して、人事が成り立ちます。その中にあって、人事委員会は、いわば、その三者を取り持つ仲立ち機関のようなものです。
 一つの組織の中で、一番大事な人事が、常に三者の合意によらなければ実現できないということは、組織としての欠陥ではないかと思い、昨年の全国総会に人事につての規則の改正案を提案しました。
 その改正案の骨子は、関係する教区長も含めて、常議員の3分の2以上の賛成があれば、招聘と応諾に基づかない、常議員会独自の人事任命ができる、というものでした。この改正案は、総会出席者の半数以上の賛成は得られたのですが、規定にある3分の2の賛成が得られず、成立しませんでした。常議員会は、人事について責任は追及されますが、その責任を果たすために必要な権限は与えられないまま、職責を果たさなければならない状況です。
 牧師の人事の難しさは、何より召命ということにあります。牧師が牧師であるのは、何よりもまず、神様からの召命によります。それも、単に牧師として生きよ、という抽象的な召命ではなく、どこどこの教会の牧師として仕えよ、という具体的な召命があるからです。牧師は、何よりもこの具体的な召命に命を掛けます。
 その具体的召命は、具体的任務への招聘という形でやってきます。自分に発せられた招聘をどう受け止めるか、この決断に、召命を召命たらしめるか否かが掛かっています。勿論、発せられた招聘が全て召命として受け止めるべきものだとは限りません。この招聘をどう受け止めるべきか、牧師は一心に祈り、それが神様のみ心であるか否かを問います。この祈りに、牧師は命を掛けるのです。
 「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。(ヘブライ11:8)」
 あの召命観が成り立つには、一つの前提があります。このアブラハムの姿勢です。神様のみ心であれば、行き先も知らないで、即ち、そこでどのような生き方が待っているか等ということを問わないで、全てを神様に委ねて出かけて行くという姿勢です。そして、これは、牧師を目指したときに既に求められていた姿勢であったのです。
 近頃、牧師の人事が困難を来たしています。子供の教育の問題で招聘に応えられないことは、牧師の妻帯を認めたことに附随することとして容認するとしても、持ち家の管理の都合とか、定年後の住居の問題とかが持ち出されると「召命とは何か」と大上段に構えたくなります。アブラハムに学びたいものです。


聖書通読ラリー

関野 和寛

 新年がはじまり、もう1ヶ月が経った。実はわたしは正月休みに購入した物がふたつある。ひとつは真っ赤なダウンジャケットである。デパートのバーゲンで30%割引だった。牧師になってから私服を着る機会がめっきり減った。せめて休みの日は若者に混じろうと思って、燃えるような色のダウンジャケットを購入したのだ。このダウンジャケット軽くて暖かく、袖を通すと外に出るのが楽しみになる。このわくわくする気持、どこか忘れていた気がする。
 そしてもうひとつ年初めに購入したものがある。それは聖書である。神のことば聖書。牧師の商売道具でもある聖書。ある大工が大工は年の初めに梯子と測りを新調すると聞いた。だからわたしも5年間使い続けた聖書を閉じて新しい物を購入した。なんでもルターは聖書を年2回通読したという。神のことばに全てをかける熱意を見習いたいと思った。
 そう考えていた時、水曜日のプリンスアカデミー(青年の聖書勉強会)で青年たちの間で「聖書通読ラリーをしよう!」という声が上がった。各自が家で毎日聖書を創世記から黙示録までを通読し、進行状況を表にして励ましあいながら読むのだ。なかなか良いアイディアである。この聖書を通読するのはなかなか困難だ。1度は試みたことがあるのが旧約聖書レビ記あたりで飽きて終わってしまう...という経験がないだろうか。
 けれども皆で励まし合いながら聖書を読み出そう。神のことばに支えられる生き方、神に全てをかける生き方がこの時に求められているのではないだろうか。1頁1頁、1日5頁、1年かけて。「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」主の言葉が胸に響く。

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きずな 2007年1月号

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神様のための人の命

山之内正俊

 2006年の世相を現わす漢字は「命」でした。2007年は何という字が選ばれるでしょうか。
 「命」の字から思うことは、「人を殺して何が悪い」という、若者たちの叫びです。誰が、こう叫ぶ若者たちを説得できるでしょうか。人を殺してはならない理由は、一体何なのでしょうか。本当に、その理由はあるのでしょうか。
 人間が、この世界を人間だけの世界であると見る限り、その理由は存在しません。なぜなら、人間は、お互いに、自分の命を第一にして生きることを認め合っているからです。人間は、自分の命を守るために不可欠であれば他の人の命を奪っても良いと認め合っています。刑法にいう緊急避難条項です。
 例えば、船が難破して、人が一人しか掴まれない板切れに、先に掴まっている人を海に沈めて殺し、自分だけがその板に掴まり生き残ったとしたとき、その人を海に沈めて殺した行為は、緊急避難として処罰されないことになっています。一人を海に沈めて殺すことは、自分が死なないために不可欠な行為だから許される訳です。
 人間は、人間だけで生きているのではありません。人間は、神様の喜びの為に、神様によって造られました。人間が生きるとは、神様の喜びを実現することです。その神様からの人間への要求は、「汝殺すなかれ」です。ここにそしてここだけに、人を殺してはならない理由があります。
 人は、自分が生き残るために不可欠であれば他の人の命を奪うことも認め合っています。しかし、神様は言われます。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」と。
 人の命の意味は、神様抜きには出てきません。「人を殺して何が悪い」という叫びは、神様を見失った者の叫びです。神様はこの叫びに応えておられます。「私はここにいる。私に帰れ」と。この御心を、今年もこの世に証しして行きたいと思います。


男祭り2006

関野 和寛

 大晦日の夜と言えば家族そろって紅白歌合戦という時代は過ぎ去ろうとしているのであろうか。最近では大晦日と言えば格闘技とも言われる。大晦日の晩には大きな格闘技のイベントがふたつ開かれていることを皆さんは御存知であろうか。Dynamite!!(K-1)とPRIDE男祭りである(本横綱の曙はDynamite!!に出場している)。
 新年早々の告白になるが、わたしはこれらの格闘技が大好きである。特にこれらのイベントは綜合格闘技と呼ばれ、柔道やレスリング、ボクシングなどのチャンピンが参戦し真剣勝負を繰り広げている。わたしはたまらなくこの綜合格闘技が大好きだ。オリンピック選手や横綱などの過去の栄光を背負いそれらを失う覚悟でリングに上がり、異種の格闘家と戦うのだ。そのリングで通用するのは、自分の得意とするスポーツ技術ではなく「折れない心」である。
 南はブラジルから北はロシアから、世界中の猛者たちが、四角いリングの上で自分の鍛え上げた体と魂を激突させるのである。そして去年の大晦日、わたしはとうとうその試合を生で見に行った。場所は埼玉スーパーアリーナ、PRIDE男祭り2006である。
 大晦日、年最後の礼拝奉仕を終え牧師室で一息ついたあと埼玉スーパーアリーナに向かった。多分日本全国の牧師でPRID男祭りを見に行ったのはわたしがはじめてではないだろうか(なんの自慢にもならないが)。会場に着くと4万人ほどの観客がその戦いの火蓋が落とされるのを今か今かと待っている。「いつか教会の礼拝がこのようになったら凄い・・・」そう夢を見ながら、わたしも決戦の時を待つ。わたしが一番見たかった選手はブラジルの柔術家アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ選手である。ノゲイラ選手は、これまでにKO負けも一本取られて負けたこともない。何度殴られても起き上がり、柔術で勝利をもぎ取る。絶対に諦めない不屈の魂をもつファイターである。
 ノゲイラ選手の絶対諦めない精神力は彼の3歳の時の経験にある。ノゲイラ選手は3歳の時にダンプカーに跳ねられ絶体絶命の危機に陥ってしまったがけれども九死に一生を得て生還、体を守る柔術を体得したのだ。ノゲイラ選手は、試合前にチームメイトたちと神に祈りを捧げリングに上がる。その姿がこの上なく素晴らしい。
 そしていよいよ、目の前にこの上なく尊敬するアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ選手が登場した。その入場シーンだけでわたしは感極まって叫んでしまった「ノゲイラー!」。戦うだけに生まれてきた男、嘘偽りなくこの20分の戦いだけの為に毎日トレーニングを積みブラジルから日本にやってきた男ノゲイラ。試合でも見事勝利してくれた。勇気と感動をありがとうノゲイラ選手。わたしはそのリングに上がることはできないけれども、わたしの戦いの場は教会だ。誰よりもキリストを愛し、聖書を読もう。「折れない心」を持って牧会して行こう。

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きずな 2006年12月号

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ベツレヘムの夜のように

関野 和寛

 今年もあっという間に過ぎ去りいよいよアドベント、クリスマスを待つ時期となった。世間の流行では、今年のクリスマスカラーは青と白だそうである。なるほど、言われてみれば真っ白なツリーに青い光が揺れるお洒落なクリスマスツリーを街中で目にする。
 揺らめく光に心躍るはずの季節なのに何故下を向いて「はー」と溜息をついてしまうことはないだろうか。「12月」と言うものは「師走」なのか「クリスマス」なのか、とにかく慌しく気持ちが揺れ動いていく。
 もしかしたら、このクリスマスのお祭りムードは悩みや問題を抱えている方々には辛い時期なのかもしれない。周りが楽しそうな時、苦しみの中にいる人は取り残されていってしまう。
 だからこそわたしは皆に「クリスマスおめでとう!」そうゆっくりと言いたい。聖書が語る本当のクリスマスはお祭ではない。アドベントで読まれる聖書の物語を思い出して欲しい。「イエスさまが小さなロバに乗られた話」、「荒野に洗礼者ヨハネが現れる話」、「まだあどけなさが残っていたであろうおとめマリアの受胎告知」そして「宿する場所なく飼葉桶にお産まれになったイエスさま」どの物語も貧しさと結びついていることに気がつく。
 聖書が語る本当のアドベントそしてクリスマスの出来事は煌びやかな出来事ではない。むしろ貧しさや弱さの中で繰り広げられたのだ。それこそがクリスマスのひかり。
 そしてふと目を上げれば、街は青と白の飾りで輝いている。だが目を向けるべきはそちらではない。わたしたちの弱く貧しいこころ、そこにこそ優しくゆっくりと救いの灯火がともされるのだ。イエスさまは何時だって悲しみの物語の最後に灯火をともしてくれる。だからこそ真の救い主。イエスさまの救いの灯火が皆のこころにともされるクリスマス。2000年前のあのベツレヘムの夜のように、わたしたちにも必ず救いが訪れる。だからこそ喜び称えよう!イエスさまのお生まれを。


クリスマスメッセージ

山之内正俊

 「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」(ルカ二章十一節)

 ダビデの町とは、イスラエルを代表する町です。イエス様の母マリヤの夫ヨセフは、ダビデ家の出でした。人口調査の登録をするため、出身地ダビデの町に旅行している間に、マリヤはイエス様を生みました。
 イスラエルは、神様が人類の救いを実現するために、その救いの窓口として選ばれたアブラハムの子孫です。そのアブラハムの子孫であるイスラエルの民の中に、メシアを生まれさせると言う神様の約束を信じるのがユダヤ教です。主メシアとは、神様が約束されていた救い主のことです。
 キリスト教のテーマは、徹頭徹尾、「救い」であるといえます。キリスト教とは、言い替えれば、救い主教です。つまり、キリスト教の前提は、人間は救われなければならない状況にあるということです。その救いとは何か。「罪の赦しによる救い」(ルカ一章七十七節)です。
 罪とは、神様への逆らいに他なりません。人は、神様を無視することによって、神様に逆らっています。人は、神様の喜びのために、神様の愛の相手として、神様によって造られた存在であるのに、その神様の愛の相手であることを拒否し、神様を無視して生き始めました。これが罪です。
 人は、自分の中に、神様のために生きようという意思のないことを認めざるを得ません。神様の愛に愛をもって応えること、これが自分の人生だと思って生きている者は、一人もいないのです。聖書に「正しい者はいない。一人もいない」(ローマ三章十節)とある通りです。
 人は、神様から与えられた自由意思を行使して神様に逆らいました。故に、その行為は罪なのです。そして、一度罪を犯した後は、その罪の力の虜(とりこ)となり、もはや罪を犯さないという決意ができなくなってしまいました。人生を不安と苦しみと空しさしか味わうことのできないものにしてしまい、そこから自力では抜け出せなくしてしまいました。自由意思の喪失です。これが、人が救われなければならない状況の内容です。
 この世は、二十一世紀を迎えました。この世は、救い主を迎えて、早、二千年を過ごしました。この二千年の間に、この救いの業は、人類にどのように浸透しているでしょうか。今日の混迷する状況、閉塞感の漂う世相の中で、私たちには、一見、この救いはどこにも実現していないかのように思えます。もっと端的に言えば、神様などおられないかのようにしか思えません。
 だが、そうではありません。人がこの世に生きることに息苦しさを感じるこの時こそ、救いの実現の時なのです。なぜなら、この世の息苦しさは、神様抜きの人生が成り立たないことの現われでしかないからです。神様抜きの人生を追求するなかで、万策が尽きた今こそ、キリスト教の出番です。本物のキリスト教の出番です。オブラートに包まれた福音ではなく、福音そのものの出番です。罪の赦しによる救いの出番です。
 「ダビデの町」とは、つまりは、救いを待っている者の町です。神様を無視して生きる生き方の中で、神様抜きの人生を模索する中で、行き詰まりを覚える者にこそ、主の救いは実現するのです。

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きずな 2006年11月号

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文化とは何か

山之内正俊

 11月3日は文化の日です。文化とは一体何なのでしょうか。辞書には、1)世の中が開け進むこと。文明開化。2)権力・刑罰を用いずに教え導くこと。3)人間が一定の目的に従って自然に働きかけ、生活を充実・発展させること。またその過程で作り出されたもの。ことに学問・芸術・道徳・宗教など精神的方面のものをいう場合が多い(広辞林=三省堂)、などと説明されています。そして、文化の反語として自然が挙げられています。
 「文化とは、他者への思いやりである。」ドイツ文学者でNHKの解説委員を勤められた高橋義孝氏が、かつて、NHKテレビの解説番組の中で語られた言葉です。何と含蓄のある言葉でしょうか。
 私はこの言葉と共に思い出すことがあります。それは、ある未開の地と見なされている国を旅行した日本人の述懐です。その国の、見るからに貧しい村を訪れたとき、迎えてくれた村人は、自らの貧しさも顧みず、普段自分たちは決して食べない御馳走を作って、盛大にもてなしをしてくれたそうです。自分が食べたいのを我慢して、来客をもてなす。これは大いなる文化ではないでしょうか。なぜなら、「文化とは、他者への思いやりである」からです。
 辞書には、文化=文明開化とありますが、人間にとって、何が文明であり何が進歩であるかは、議論の余地のあるところです。科学の進歩が文明を切り開き、人間の生活を豊かにしているのが人類の歴史のように思えます。だが、文明の進歩は手放しで人間を幸福にしているといえるでしょうか。確かに、パソコンや携帯電話の普及は、人間と人間の意思の伝達を飛躍的に発達させました。しかし、そのことによって私たちが思いやりの深い人間になった訳ではありません。
 一見、文明から取り残されたようなところに、他者を思いやる気持が活き活きと息づいています。そこにこそ、豊かな文化があると言えます。


悪魔にささやかれて
−加賀乙彦著『悪魔のささやき』から−

関野 和寛

 ルーテル教会ではあまり悪魔とか悪霊というものについて考えることが少ない。というよりも「悪霊なんて信じていない」「そんな話馬鹿らしい」そう思っている人が殆どではないだろうか。牧師たちも聖書に書かれている悪霊に対して大胆に語ることをしていない。
 だが聖書が語るように悪魔は必ずいる。今日も、わたしたちの内外からわたしに揺さぶりをかけている。例えばわたしが徒労感に打ちひしがれ疲れ切った時、悪魔は大笑いしている。わたしが孤独に悩まされる時、悪魔はわたしのこころの中で踊り狂っている。わたしがキリストに目を向けられないとき、悪魔はわたしの玉座でふんぞり返っている。
 「孤独感、空しさ、疲れ」これらのものは誰しもが抱え込んでいる。「みんな同じ、誰しもが孤独」と諦めてしまいそうになりはしないだろうか。けれども違う!それは違う!わたしたちクリスチャンはそうであってはならない。必ずそこから解放されることができる、それがクリスチャンの生きた喜びである。
 この本の著者である加賀氏はクリスチャンであり、また精神医学者、心理学者でありまた作家でもある。氏は獄中で様々な犯罪者と関わり、また病の人々との関わりの中で、悪魔が現実的に働いているということを力強く証言している。氏によれば、多くの犯罪や病気において人は悪魔の囁きを聞くのであるという。その声は内なるところから来る。著作の中に「ムンクの叫び」の絵が載っている。耳を覆ったムンクは外からの音は聞こえないが、自分の内なる不安や葛藤だけには耳を塞ぐことができず叫び声をあげている。
 わたしたちも幻聴でなくとも、漠然とした不安、考えてもしょうがない問題や悩みに捉われ、ひとりで抱え込みすぎて落ち込んでいくことがある。勝手に自分であれこれ考え、悩み苦しむ時に悪魔は本領を発揮する。「もっと悩め、もっと!」「お前は駄目なのだよ…」「全部お前のせいだ…」、日常で誰もが抱える心の不安であるがしかし、これこそ悪魔の囁きである。
 マタイ福音書15章でペテロは湖の上をイエスさまに向かって歩き出す。だが強い風が怖くなり沈みかけた。恐怖や不安は絶対に消えることはない、けれどもわたしたちには見つめる先がある。それこそがイエスさまである。だけれども、それでも人は勝手に悩み恐れ、そして沈んでいく。そんな時イエスさまはとっさ手を伸ばしペテロの手をしっかりと掴んで引き上げた「なぜ疑ったのか」と。
 神はあなたが悩みや恐れの中で沈んでいるのを放ってはおかない。イエスさまはわたしたちを苦しめる悪の力を打ち砕く為に来られた。どんな小さな悩みでも大きな苦しみの中にいてもイエスさまだけを見つめて生きたい。そこにこそ大きな喜びと解放がある。自由でいる為に、自分自身でいる為に、そして何より神を讃美して生きて行くために。何にも惑わされない、何も怖くない、ただイエスさまがいるならば。

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きずな 2006年10月号

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100人目の奇跡

関野 和寛

 カラーンッ カラーンッ!鐘が高々と鳴り響き、店員が次々に「おめでとうございます!」歓声を上げる。わたしはその鐘の音と店員の喝采の中に呆然と立ち尽くしていた。どうやらわたしは100人目のひとになったようである。これは先日、教会のためにビデオ・DVDデッキを購入しに行った時の出来事である。この電気店では100人にひとり抽選でレジにて買い物が無料になるキャンペーンをやっている。そしてわたしはその100人目のひとに選ばれ、無料でビデオ・DVDデッキを購入し教会に持ち帰ることができたのである。
 本当に奇跡の出来事である。この日、わたしは休日であったが私用のついでに教会のお使いにと思い電気店に寄っていた。電気店に入ると店員は接客に忙しそうであり、なかなかわたしに対応してくれなかった。何度も店員に「すみません」と呼びかけるが対応してくれず、いよいよ腹が立ってきてレジの前まで行き無愛想に「あの、さっきからお願いしているのですけれども…」と感情を顕にしてしまった。
 けれどもこのように店員に待たされている時間があったからこそ、また休日に電気屋に出向いていたからこそ絶妙なタイミングでわたしは100人目になることができたのだ。全ては偶然に見える神さまのご計画である。
 そしてどうだろうか、日本のキリスト者の人口比率は1%。つまり100人目の奇跡だ。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのだ」主イエスさまの声が聞こえてくるではないか(ヨハネ15:16)。
 あなたは神さまに選ばれ呼ばれていた。「あの日教会に行ったのは」「あの時洗礼を受けたのは」偶然に見える必然、神さまのご計画があったのだ。それが100人目の奇跡、日本のキリスト者である。あなたは神さまの奇跡の器。頂いたビデオ・DVDデッキ、そしてわたしたち、100人目の奇跡。天国を再生していく。主イエスさまの愛を広めるために。


衣食足って傲慢になる

山之内正俊

 十月です。収穫の秋です。この時期になると思い出す諺があります。「天高く馬肥ゆる秋」と「衣食足って礼節を知る」という諺です。この二つ目の「衣食足って礼節を知る」の意味は、辞書によりますと「生活が豊かになって初めて礼儀が重んじられる」という意味だそうです。私はこの諺に大いに疑問を感じています。
 今、日本は経済大国といわれています。いわば、国をあげて、「衣食足って」いる状態であるといえます。だが、果たして、今の日本は、「礼節を知る」国といえるでしょうか。
 東南アジアの発展途上国は発展途上と言われるとおり、決して豊かとは言えません。少なくとも日本と比べて豊かとは言い難い状態です。よく子どもたちがゴミの山を棒でつついている写真を見かけます。子どもたちが働いている姿です。彼らはゴミの山から役立つものを捜しているのです。それを自分で使うこともあれば、売って金にすることもあります。その子どもたちの目は活き活きと輝いています。
 私が中学生の頃、「先生、暇ください。」と言ってよく早引きをして帰る級友が何人かいました。農家の子どもである彼らは農繁期になると一人前の働き手として当てにされるのです。「働かざる者、食うべからず」という諺そのものの時代でした。今、日本ではこの諺は死語と化しているように思います。
 今、農繁期に学校を早引きして帰って、家の手伝いをしなければならない子どもがいるでしょうか。生活が豊かになった中で育てられた子どもたちは、自分が好きなことしかしようとしません。いや、好きなことしかしなくてもすむのです。嫌なこと、きついこと、面倒なことなどには手を出さない。それでも生きていけるのです。豊かな社会であるが故に。衣食が足っているが故に。今、日本はそのような状態になっています。そして、子どもたちや少年少女が大人を手こずらせています。引きこもり、学級崩壊、援助交際、こういった言葉は私たちの子どもの頃は考えもつきませんでした。
 衣食足って礼節を知る。その礼節の中から文化が生まれる。確かに人は生活の豊かさの中で初めて人間特有の文化というものを形成していくことが出来ます。生活に追われていては、文化どころではないと言えるでしょう。
 だが、人(親たち)が築き上げた生活の豊かさにのっかっているだけでは、人は傲慢になるだけではないでしょうか。自分の生活の豊かさを当たり前と錯覚するからです。
 作家の山本有三は「子孫に美田を残さず」をモットーにしたそうです。彼は自分の努力なしに生活が豊かになることが、人間をむしばむことを見抜いていたのではないでしょうか。生活が豊かになることは人類の願いです。しかし、自分の努力なしに得られた豊かさは麻薬と同じではないでしょうか。
 「美しい国、日本。」新しい内閣の標語です。「美しい」とは、まさに「礼節を知る」ということだと思います。
これは、経済の問題ではなく、人間の精神の問題です。人間とは何かの問題です。ここは、政治に期待せず、人間とは何かを知っている宗教の問題として、私たちキリスト者こそ、この問題に取り組んで行きたいと思います。

 

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